日本中の働くお前と会社を元気にする男、大條充能 blog
 
 
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大條充能 Mitsuyoshi Daijo
1965年青森県弘前市生まれ。総務業務のアウトソーシングサービス会社「株式会社ゼロイン」社長。地元の高校を卒業後、コメディアンを目指して萩本欽一事務所入りにチャレンジするも果たせず、縁あってリクルートに入社。リクルート事件発覚後、サラリーマンバンドを結成して人気番組に出場し暗く落ち込む会社を元気付けたほか、26歳にして社内報の人生相談コーナー回答者になるなど社内有名人として不動の地位を築く。このときに「~だぜ」という独特の文体を確立。その熱い語り口で多くの人を虜にする。一方で総務業務の効率化や求人情報『がてん』の創刊、ダイエープロジェクト等に携わり、当時の最年少マネージャー昇進記録を塗り替えるなど業務面でも大きな成果を残す。1998年にリクルートを退社しゼロイン設立。日本中の会社を元気にすることを使命に日々奮闘中。著書に『熱いぜ!! 悩まない人生方法』(宙出版)がある。
『社会人のオキテ』
(実業之日本社)
 
『熱いぜ!! 悩まない人生方法』 (宙出版)
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ありがとう、小宮さん! 2009年08月31日
 

小宮.jpg
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当社の元取締役で
私と20年らいの
お付き合いだった
小宮幹隆さんが
8月27日午後11時
ご逝去されました。
謹んでお悔やみ申しあげます。

私と小宮さんの出会いは
私が22歳のころ
リクルートの厚生担当として
寮や社宅の改修工事を
小宮さんが所属する建設会社に
発注したことです。
当時はバブルな真っ只中で
日本は職人不足で
お金を多額にお支払しても
職人を確保できずに
工期を間に合わせることは至難の業でした。

まだまだ若輩の私は
小宮さんにご無理を申しあげ
工事を間に合わせて頂いたのが
出会いでした。

それ以来
私が総務を異動になっても
お付き合いを継続し
私がゼロインを設立し
ファシリティー事業部立ち上げのため
建設業の許認可取得にために
小宮さんはゼロインに役員として
入社されました。

小宮さんとの思い出は
沢山あります。
姥さんが高山で農業をやっていた頃
私と小宮さんと伊達の3人で
姥さんの農業生活を盛り上げに
高山まで遊びにいきました。

姥さんがいた村はとても小さく
唯一1軒あった居酒屋で
もつ焼きを食べました。
お会計を小宮さんが払おうとした際
あまりにも安いため
その店中のお客さんのお会計を
全て払おうとし
姥さんがあわてて止めたことを
覚えています。
東京の建設会社は
ハブリがいいと村中の人が
驚いたエピソードです。

数年前
伊達もこの世を去り
そして小宮さんもこの世を去りました。
あの伝説の姥さんの農業生活を
知る者は私だけになりました。

小宮さんとの楽しい数々の思い出が
今鮮明に蘇ってきます。

小宮さん
本当にありがとうございました。
そして安らかお眠りください。

熱いぜ!

投稿者 daijo : 2009年08月31日 17:13

 
 
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